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Journal — N-BRIDGE BLOGAX(業務のAI移譲)

ベテランの暗黙知をAIで引き出す。属人化解消を進める順序と落とし穴

2026.07.29

「あの人に聞かないと分からない」という仕事は、どの会社にも一つや二つあります。
見積の値付け、機械の癖、クレームの収め方。
会社としては何とか引き継ぎたいので、まずはマニュアルを作ってもらおう、という話になります。

そして、たいていここで止まります。

ベテランに「知っていることを書き出してください」と頼んでも、書いてもらえないからです。
断られるわけではありません。
ただでさえ日々の仕事で手一杯の人に「書く」という別の仕事が上乗せになるうえ、本人にしてみれば、長年やってきた仕事のどこからどこまでが「書くべき知識」なのか見当がつかないのです。
悪気がないまま、手つかずで半年が過ぎます。

筆者が商談で向き合ったある印刷会社でも、制作部門の責任者が最初に口にした悩みがまさにこれでした。
ベテランの頭の中にしかない判断を、どうやって会社に残すか。

結論から書くと、「書いてもらう」のはいったんあきらめたほうがいい、というのが筆者の考えです。
代わりに、AIに聞き役をさせます。
ベテランはAIの質問に口頭で答えるだけ、文字に起こして整理するのはAIの仕事です。
この記事では、そのやり方と、どの業務から手を付けるべきかを順に説明します。

教える人がいないのではなく、教える時間がない

小規模なオフィスで数人が働いている様子

うちだけの話ではないのか、と思われたかもしれませんが、数字を見るとむしろ多数派です。

2026年版ものづくり白書が引く厚生労働省の能力開発基本調査では、人材育成に問題があると答えた事業所の62.8%が「指導する人材が不足している」を挙げ、45.4%が「人材育成を行う時間がない」を挙げています(2026年版ものづくり白書 概要)。
教えられる人がいないのではありません。
教えられる人ほど現場で一番忙しく、教える時間が取れないのです。

会社側の危機感も数字に出ています。
帝国データバンクが2026年に5,241件の回答を集めた調査では、90.2%の企業が経営課題に「人材強化」を挙げ、58.3%が「業務の標準化」を挙げました(企業の経営課題に関するアンケート(2026年))。
業務の標準化とは、言い換えれば「あの人にしかできない」を減らすことです。
一方で、正社員が足りないと答えた企業は50.6%あります(人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月))。
ベテランが抜けたら採用で埋める、という前提は、もう成り立たなくなっていると考えたほうがいいでしょう。

だからこそ、いまいる人の頭の中の知識を、いるうちに会社に残す作業に価値が出ます。
そこでAIの出番になるのですが、AIが知識を生み出してくれるわけではありません。
AIが役に立つのは、聞き役と整理役です。
この役割の置き方を、順に説明します。

ベテランが「書けない」三つの理由

明るい机の上に書類とファイルが置かれている

対策の前に、なぜ「書き出してください」が機能しないのかをもう少し分解しておきます。
理由が分かれば、打ち手は自然に決まるからです。

書く時間が、そもそもない

ベテランの一日は、自分の作業と周りからの相談で埋まっています。
そこに「空いた時間でマニュアルを」と頼むのは、実質的には「残業して書いてください」と言っているのと変わりません。
優先順位は必ず日々の業務に負けるので、いつまでも書き上がりません。

何を書けばいいのか、本人には分からない

30年やってきた人にとって、自分の判断は当たり前のことです。
たとえば印刷の現場なら、入稿データを開いた瞬間に「これは事故になりそうだ」と感じ取る。
本人はそれを知識だと思っていないので、「知っていることを書いて」と言われても、何が書く価値のあることなのか選べません。
知識は、質問されて初めて言葉になります。

自分の値打ちがなくなる気がする

いちばん根深いのはこれです。
頭の中を全部出したら、自分は用済みになるのではないか。
口には出さなくても、そう感じた瞬間に協力は止まります。
筆者の見てきた範囲では、属人化解消の取り組みが途中で立ち消えになる原因は、システムの出来ではなく、ほぼここに集中しています。

やり方を逆にする。AIが聞いて、ベテランは話すだけ

抽象的な光の中で手が動いているイメージ

三つの理由をひっくり返すと、そのまま設計の条件になります。
時間を取らせない、質問から始める、価値を奪わない、の三つです。

AIが質問し、ベテランは口頭で答える

書いてもらうのではなく、AIがインタビュアーになります。
「この作業で最初に確認するのは何ですか」「それはなぜですか」とAIが順に質問し、ベテランは話して答えるだけです。
話すのは日常会話の延長なので時間の負担が小さく、パソコンの入力が苦手な人でも壁になりません。
答えた内容はAIが整理して、あとから誰でも読める形にまとめます。
若手にとっても、先輩に同じことを何度も聞きに行くより、AIに聞くほうが気が楽です。

記録は、普段の業務のついでに溜める

インタビューだけに頼らず、日々の業務から自然に記録が残る流れも作ります。
たとえば校正の赤入れのように毎日発生している作業があるなら、その結果をひと手間だけで記録に回せるようにしておく。
「知識を残すための新しい作業」を作った瞬間に、それは後回しにされます。
普段の仕事のついでに溜まる形にできるかどうかが、続くかどうかの分かれ目です。

聞く役と溜める役を、同じ人に背負わせない

若手はAIに質問する側、ベテランは業務のついでに記録が溜まる側、と役割を分けます。
ベテランに「若手のためにAIへ入力してください」と頼んだら、それは結局「書いてください」と同じことです。
それぞれが普段の仕事の延長で完結するように分けておくと、どちらにも無理がかかりません。

「置き換える」と言った瞬間に、この話は終わる

一人の作業者を後ろから引きで捉えた様子

仕組みと同じくらい、社内でどう説明するかが結果を左右します。

「ベテランの仕事をAIに置き換えます」という説明は、本人の耳には「あなたは要らなくなります」と聞こえます。
これでは先ほどの三つめの理由がそのまま働いて、知識は出てきません。

実態に即した説明は、こうです。
毎回同じことを聞かれる、同じ確認を何度も繰り返す、といった部分をAIに任せて、その人にしかできない難しい判断に時間を使ってもらう。
実際のところ、「また同じ質問か」という状態はベテラン本人の困りごとでもあります。
自分が楽になる話だと分かれば、協力の姿勢は変わります。

最初に取り組む一人を選ぶときも、困りごとを基準にします。
毎日の割り込み質問にうんざりしている人、引き継ぎの当てがなくて不安な人。
困りごとを持っている人は使う理由を自分の中に持っているので、号令をかけなくても動きます。

なお、社員にAIの基礎を身につけてもらう研修から入る場合も、考え方は同じです。
一般的な使い方の講習で終わらせず、自社が実際に抱えている課題を題材に、AIで何が解決できるかを確かめるところまでやる。
研修はゴールではなく、そこから先へ進むための最初の一歩です。
このあたりは生成AI研修が「受けて終わり」になりやすい理由と、成果を出す設計に書きました。

どの業務から手を付けるか

上へ続く階段

最後に順番です。
属人化が一番深刻な業務から手を付けたくなりますが、それはたいてい、一番難しい業務でもあります。
最初につまずくと社内に「やっぱり無理だ」という空気が残って二度目がないので、簡単なところから順に進めます。

まず、すでに記録が残っている業務

日報、チェックリスト、過去のメールのやり取り。
形になった材料がある業務なら、AIに読ませて整理するだけで最初の成果が出ます。
ここで「思ったより使える」という実感を社内に作ることが、次へ進む推進力になります。

次に、判断の理由を説明できる業務

検品や校正のようなチェック系の業務は、「なぜそこを見るのか」を本人が説明できます。
AIのインタビューで判断の条件を引き出しやすく、チェックリストという分かりやすい形に落ちます。
このとき、引き出した内容は必ず実例とセットで残してください。
「品質に注意する」のような抽象論だけが残ると、若手が読んでも使えません。

値付けや見積は、最後

多くの会社で、属人化の本丸は見積です。
だからこそ最後に回します。
考慮する条件が最も多く、社外に出せない情報も絡むため、進め方が固まっていない段階で触るとまず失敗します。
簡単な業務で型を作ってから臨むほうが、結局は早く着きます。

まとめ

朝の街並みを引きで捉えた風景

ベテランの暗黙知を残せるかどうかは、AIの性能ではなく、頼み方の設計で決まります。

「書いてください」と頼まない。
AIに質問させて、ベテランには話してもらう。
記録は普段の業務のついでに溜まる形にして、聞く役と溜める役を分ける。
そして「置き換え」ではなく「面倒な繰り返しからの解放」として進め、記録のある簡単な業務から順に手を付ける。

この順番なら、ベテランの協力を失わずに、知識を会社の資産に変えていけます。

自社ならどこから手を付けられそうか、目安を知りたい方はAI活用診断をどうぞ。
進め方の設計から相談したい場合は、コンサルティングで承っています。


執筆:永松裕章(N-BRIDGE株式会社)
自社でも営業管理とSEO・コンテンツ制作にAIを組み込んで運用しています。
プロフィールは著者ページへ。

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